こんにちは!

Star Brain Academy の津久井(つくい)です。

 

プロジェクト:未来への架け橋」の第2弾・第1回です(全2回)。

 

このシリーズは、スターブレイン アカデミーの生徒(中高生)を対象に

様々なジャンルで活躍なさっている方をお招きして

世の中の仕組みや働くことの意味など、

多岐に渡ってお話をしていただく企画です。

 

また、参加者にスターブレイン アカデミーの卒業生(大学生・社会人)も加わって、

縦の人的ネットワークも広げることも視野に入れています。

 

具体的には、次の3つを意図しています。

  • 中高生と社会経験者や大学生をつなぎ、縦(世代)と横(ジャンル)の繋がりを増やすこと
  • これからの人生を考えるためのヒントを得て、将来の選択肢を増やしてもらうこと
  • 世の中の仕組みなどを、具体的な経験談を通じて学んでもらうこと

 

今回は【勝田一郎さん】をお招きしてお話を伺いました。

勝田さんは、日産自動車にお勤めの間、

国内部門、広報部門、TCSX部門(詳細は後述)といった部門で活躍なさいました。

 

 

自動車産業をはじめとして、

世界の様々な産業は変革期を迎えています。

 

日本の産業の花形とも言える自動車産業で

社員の方はどのような想いで仕事をなさっていたのでしょうか?

 

目次(クリックすると項目に飛びます)

 

内容満載でかなり長くなってしまうので、

前半・後半の2回に分けて紹介していきます!

今回は主に、日産の仕事内容の紹介です。


 

 

1.国内営業時代 〜仕事を愛することの意味〜

 

 

さて、具体的な仕事を見ていきます。

まずは「国内営業」です。

 

勝田さんが最初に配属されたのが、

新車マーケット投入戦略

 

この名前を聞いて「おお、スゴそう!」

と思ったのも束の間。

 

「カッコいいと思うかもしれないけどね」

と勝田さん。

 

当時は、開発部隊が持ってきた新車を

市場に投入する最終段階にあたる部門で

営業の入り込む余地があまりなかったそうです。

 

しかも、組合の力が強く

組合の承認がなければ何もできない状態。

 

こんなことをやっても会社はよくならない

と危機感を抱いた勝田さんはある作戦に。

 

新しく投入する新型セフィーロは、組合を通さずに行こう!

これぞ超絶技巧の集合体! 星々が煌めく幻想的な複雑時計の造形美にうっとり

 

業務の流れを正常化することが先決との思いで、

それまでの「組合への事前提案・承認 → 会社のオペレーション」

という流れを、全く逆の流れにしたようです。

 

当然社内からは猛反発があったようですが、

「くうねるあそぶ。」(糸井重里さんのコピー)や

「お元気ですか〜」(井上陽水さんのCMでのセリフ)といった

広告は話題を呼び、私も当時のCMは記憶にあります。

 

そして、代表作とも言える「Be-1」という車の投入。

https://www.youtube.com/watch?v=kFlhsoXiL08

上の映像を見てもらうとわかると思いますが、

ヨーロッパ車のようなフォルム、

ビビッドな色使い、そしてネーミング。

(実際、ニュービートルやローバーミニにも影響を与えたようです)

 

全てに遊び心が詰まっており、

当時のモーターショーでも

社内の女性社員にも絶大な人気を誇り、

今でもコアなファンがいる名車です。

「当時の輝きこそが重要」。フルオリジナルにこだわる日産・Be-1(BK10型)オーナーのカーライフ

 

営業戦略(Be-1プロジェクト)でも、様々な革新的な試みが。

  • 限定販売:1万台、1年限定(応募者は13万人!!)
  • 購入者には「コンセプトブック」をプレゼント(コンセプトブックの先駆け!)
  • 関連グッズを有名な企業とコラボ(時計、パーカー、貯金箱…)
  • おしゃれエリア(南青山)にショップを展開(芸能人も多数訪れる人気スポットに)
  • カラーのネーミングは植物から引用(パンプキンイエロー、ハイドレインジア(紫陽花)ブルー、トマトレッド、オニオンホワイト)

 

など、今では当たり前の広告戦略の始まりは

この時代にあったのですね。

 

当時のカタログを手に、楽しそうに説明する勝田さん

 


 
 

2.広報・ TCSX部門(顧客満足)〜日産変革期〜

 

次に「広報〜TCSX部門(顧客満足)」について

書いていきます。

 

勝田さんが上記の2つを渡り歩いていた時代は

日産の変革期ともいうべき時期だと思います。

 

具体的には、

 

広報:部門を移動するという試み

TCSX:いわゆるゴーン体制での日産再建

 

今の時代も「働き方改革」と言われていますが

当時は、それまでの会社の「在り方」が

ガラッと変わった時期のようです。

 

 

では具体的に見ていきましょう。

まずは広報部門のお話です。

 

今では「広報」とくると、

会社の顔のようなイメージがあります。

 

ですが、勝田さんは「あまりオススメしない」とのこと!?

 

そもそも広報に移った経緯ですが、

当時は1つの部門にずっといるのが通例でした。

 

しかし、社長の交代に伴い、部門を渡り歩くように。

その第1期生が勝田さんで、

国内営業から広報へと移動しました。

 

最初は「3年間」という話だったようですが、

結論として8年間、広報で辣腕を振るったようです。

 

「人事の言うことは信用しない方がいいよ(笑)」

とポロリ。

 

さて、そんな経緯で移動した広報部門ですが、

なぜ勝田さんはオススメしないのでしょうか。

 

その背景は、広報の1日の流れと

仕事内容を伺ってみるとわかるかもしれません。

 

広報の仕事は「マスコミ対応」、

そして、「重役の財界活動の補佐」です。

 

日々は、会社の開始1時間前から始まります。

全国の新聞をチェックして

自動車関係の記事をクリップして役員に届ける。

 

仮によくない記事が出たら、

その経緯を記入して役員に説明する。

当然、良い記事よりも悪い記事の方が役員の目につくわけで

「広報にいくら使っていると思ってるんだ!!」と

よく怒られていたようです。

 

大変ですね…

 

そして広報の大事な仕事はもう一つあります。

それは、会社の重役の目と耳になること。

 

経団連のパーティなどに社長や会長と同伴して、

極秘の内容が出てしまったときに、

「こっちのネタあげるから、このネタ黙っておいて」

といった取引をしてメディアにストップをかけていました。

 

どの世界でもそうなのでしょうが、

おエライさんというのは、

周りの苦労を考えずに、重要な情報など

アレやコレやと漏らしてしまうようですね。

 

他にも、国際化という大変さも。

 

勝田さんがいた頃に国際化が進み、

イギリスでの記事に対して

日本で記者会見をしなければならない事態が起きました。

 

ただ、イギリスとは時差があるために

日本時間だと朝4時に

設定せざるを得なくなったそうです。

 

こういったことをしていると

「自分の時間が全く持てない。

大変だから、広報ってのはあまりオススメしないね」

と広報の仕事についてのまとめを頂きました。

 

うーん、一般のイメージとは違って大変そうですね。。。

 

 

さて、その後に配属された部門は、TCSX(Total Customer Satisfaction)。

詳細は、日産のHPに載っているので参照ください。

 

いわゆる「ゴーン体制」になってできた部署です。

ゴーンさん直轄の部隊として全部門を取りまとめ、

顧客サービスの向上を図るための部署だったそうです。

 

いつもは快活で前向きな勝田さんでしたが

TCSX部門に所属された時ばかりは

あまり乗り気ではなかったようです。

 

しかし同時に、次のように回顧なさっておられました。

 

「人間てのは、いざ追い込まれるとやれるもんですね。」

 

お話はこう続きます。

 

自分がやるのではなく、

各部署の優秀な課長に動いてもらう。

各分野のプロをどう使って

個別の品質、さらには全体の品質を

あげるのには、どうすれば良いのだろうか?

 

結果、1年目は目標がすべて未達!

 

色々な部門から人が集まっており

それぞれのバックグラウンド・マインドも違う。

 

自分でも何をやればいいのか分かっていなかった。

 

それでも行動を起こすしかない。

 

どこに伸び代があるかを探すために

常に現場を飛び交った。

「まだ、ここは甘いところがあるな。

ここをこうしてみてはどうか。」

と、部門部門の人たちと意見を交わす日々。

 

まさしく「三現主義(現場・現物・現実の重視)」を

地でいくような徹底ぶりですね。

 

その他にも有名な「コミットメント」

「Cross Functional Team(部門を超えたチーム)」など

色々な試みがなされていたようです。

 

そうして、3年が経ち

当初の目標は全て達成!(パチパチパチ♪)

 

日産時代の仕事を振り返って、最後に一言。

この時ばかりはかなり真剣だったよ。

 

いかがでしたか?

今回は、勝田さんのお仕事を中心にまとめました。

 

次回は、「仕事について語ろう」「Q&A」をまとめています。

お楽しみに!