こんにちは!
Star Brain Academy の津久井(つくい)です。
前回に引き続き『学力の経済学』(中室牧子 著)の内容を
まとめていきます。
前回のブログでは
「教育経済学」によって何がわかるのかをお伝えしました。
今回はその続きを紹介していきます。
まずは結論をまとめます。
- 学力の高い仲間の中にいると、学力が伸びる!
- ただし、伸びるのは「もともと学力が高かった」子ども
- 学力が中〜低の場合、場合によってはマイナスの影響があることも
『学力の経済学』で主な根拠としているのは、
スタンフォード大のホックスビィ教授が2000年に発表した
Peer Effects in the Classroom: Learning from Gender and Race Variation
です。
peerとは「同等レベルの人、仲間」の意味で
peer effectとは「仲間から受ける影響」ということです。
調査によると、以下の結果が推計できるそうです。
同級生の得点が1点上がった場合の効果
国語:0.3〜0.5点上昇
数学:1.7〜6.8点上昇
その他、ヨーロッパ、南米、アジアでも同様の調査が実施され
同じような結果が確認されました。
この数字だけを見ると、確かに
学力の高いグループにいることはメリットがある
と言えます。
しかし、同時にマイナスの影響があることも忘れてはいけません。
スウェーデンで実施された研究では、
学力の高い同級生の影響で、進学意欲が減退した
との結果が示されました。
( Jonsson, J.O. & Mood, C.(2008) Choice by Contrast in Swedish Schools: How Peers’ Achievement Affects Educational Choice.)
そうなると、方針としては
より近い習熟度で分けることで、お互いに研鑽し合う
ということになりそうです。
さて、ちなみにホックスビィ教授の調査では
次のことも確認されています。
I do find that peer effects are stronger intra-race(以下略).
「同級生による効果は、同じ人種においてより強く発揮されることを発見した。」(津久井訳)
習熟度だけではなく、同質性も大事なのかもしれません。
この点は次項で扱います。
前項では、同級生による影響を紹介しました。
それを経済学では「ピア・エフェクト」と呼ぶそうです。
前項の最後で、
鍵となるのは「習熟度別」「同質性」ではないか
とまとめましたが、
ここでは「男女共学」と「男女別学」について考えます。
先程のまとめを考慮すると
「同質性 = 男女別学」の方に分がありそうですし、
実際に学力の視点では「男女別学」に軍配が上がっており
これはペンシルベニア大のパーク教授の研究でも紹介されています。
(Park, H., Behrman, J.R. & Choi, J.(2013) Causal Effects of Single-Sex Schools on College Entrance Exams and College Attendance: Random Assignment in Seoul High Schools. )
韓国ソウルでは高校進学に際して
同学力の子どもをランダムに振り分けるそうです。
(今はどうか知りませんが)
自分の意思に関係なく
「別学」「共学」に振り分けられた子どもを
追跡調査した結果、次のことがわかったそうです。
- 別学の方が、成績・大学進学率ともに高かった
- テストスコアは、女子が1.3point 、男子が2.2point高い(同pp.19-20)
- 進学率は、女子が3.1point 、男子が5.6point高い(同pp.20-21)
冒頭のまとめでは、次のように述べています。
The positive effects of single-sex schools remain substantial, even after taking into account various school-level variables such as teacher quality, the student-teacher ratio, the proportion of students receiving lunch support, and whether the schools are public or private.
「男女別学がもたらすプラスの効果は依然として大きい。それは、教師の質、生徒と教師の比率、ランチサポートを受けている生徒の割合(注:家庭の経済事情)、公立か私立かといった、学校での様々な変数を考慮しても成立する。」(津久井訳)
その他の要素もなくはないが、
結局のところ別学制がもたらす効果は大きいということですね。
スターブレイン アカデミーに通っている生徒さんは
男子が多く、お母さまよりよく相談を受けます。
「子どもが何を考えているのか分からない」
「『勉強しろ』と言っても聞いてくれない」
「何を聞いても適当な答えしか返ってこない」
なかなか上手くコミュニケーションが取れないのですが
ここには「男女の違い」が潜んでいます。
女子は学習習熟度が男子より高いことが
確認されています。(特に小学生段階)
学年が上がるにつれ理数系では男子が追い上げることもあるが
ほとんどの場合は女子の方が成績が高いそうです。
背景はまだはっきりしていないようですが。
(『学力の経済学』p65)
確かに女子の方が、特に人から何かを言われなくても
粛々と自分で勉強を進める印象があります。
教育熱心なお母さまはそういった成長過程を経ているのか
自分の息子が “のほほん” としているのを見ると
心配になってしまうのでしょう。
ただここで、正論やベキ論をかざしたり
「自分は◯◯だった」と話したところで
子どもには通じません。
『学力の経済学』で紹介されているのは
「競争心」と「リスク態度」の2つです。
- 競争心:男子が強く、女子が弱い
- リスク:女子はリスクを避ける → テストなども事前に準備
◆競争心に対して
なんとなくイメージは湧くでしょうが
男子は競争心を強く持っているため
競争相手の存在に大きく左右されます。
前項の「ピア・エフェクト」を利用して
同じレベルの生徒と競わせると良いですね。
ただ、女子は女子だけのグループだと
高いパフォーマンスを発揮するそうです。
となると、女子は特に別学の方が効果が高いと考えられます。
◆リスクに対して
対照的に、リスクに対しては
女子はリスク回避の思考が働きます。
金融資産、職業、健康、スポーツと
さまざまな分野においてリスク回避が認められています。
女子の方が、早めに試験対策をするのは
そのことが原因でしょうね。
話を戻します。
こういった男女差を知っておくと
子育てにも一役買ってくれるかもしれません。
以下の本は参考になると思いますので
興味がおありの方はご覧ください。
最後のテーマは「教師」です。
最初に内容をまとめておきます。
- 良い教師は「成績を伸ばしてくれる」
- 教師の質を上げるのに「給与額」や「教員研修」は関係ない
- ピグマリオン効果とゴーレム効果
では、1つ目の項目に進みます。
◆良い教師の定義とは何か?
『学力の経済学』では
「質」もしくは「付加価値」と定義づけています。
スタンフォード大 ハヌシェク教授の研究では
「質」による教師の差は以下の通りです。
(『学力の経済学』pp143-144)
・質の高い教師:1年で1.5年分の内容を指導
・質の低い教師:1年で0.5年分しか指導できない
1年の間に「1年分の教育の差(3倍)」が生じてしまうという結果です。
この「質」とは、
テストのスコアをどの程度上昇させたか
という得点上昇率で測られます。
そして、得点を伸ばした分を「付加価値」と
経済学では捉えて、数値化しているのです。
また、「質」の高い教師は次の点も価値として記しています。
(『学力の経済学』p146)
- 10代で望まない妊娠をする率を下げる
- 大学進学率を上げる
- 生涯年収を上げる
さらに『学力の経済学』(p147)には次のように記されています。
ある子どもを、他の子どもや集団と比較するのではなく、過去のその子自身と比較して昨日より今日、今日より明日と伸ばしてやれる先生こそが、「いい先生」なのです。
テストの得点だけでは測れない要素もあります。
しかし、テストの得点「も」上げられる先生ならなおよしでしょうね。
次にテーマを移します。
◆教師の質を上げるものは何か?
本項の最初にまとめたように、
少なくとも「給与額」「教員免許」ではないようです。
「給与額」については、
次の2つの視点を紹介します。
- ボーナスの額による差はない
- ボーナスの与え方による差はある
興味深いのは「額」ではなく
「与え方」に差が生じるところです。
具体的に見ていきましょう。
2010年に発表された研究では、
教師に「ボーナス」を与えた際の実験がなされました。
(Springer, M.G., Ballou, D., Hamilton, L., Le, V., Lockwood, J.R., McCaffrey, D., Pepper, M., and Stecher, B. (2010). TEACHER PAY FOR PERFORMANCE: Experimental Evidence from the Project on Incentives in Teaching(POINT). Society for Research on Educational Effectiveness)
このレポートの「まとめ」では、
次のように述べています。
Thus, POINT was focused on the notion that a significant problem in American education is the absence of appropriate incentives, and that correcting the incentive structure would, in and of itself, constitute an effective intervention that improved student outcomes. By and large, results did not confirm this hypothesis.
「従って、POINT(注:このプロジェクトの名前)が注目したことは次の2つの仮説である;アメリカの教育における重要な問題は、適切なインセンティブ(注:金銭的なモチベーション)がないこと、そしてインセンティブ構造を修正することで、学生の学力を向上する効果的な介入につながる。概して、研究結果では、この仮説は認められなかった。」(津久井訳)
教員の給与を上げることでやる気に繋がり
学生の成績を向上してくれるかと思いきや
確認はできなかったということです。
では、本当にボーナスが効果的ではないかというと
そうでもないようです。
2012年に発表されたハーバード大・フライヤー教授の研究では、
重要なのは「与え方」であるとまとめています。
(Fryer Jr, R. G.,, Levitt, S. D. , List,, J. & Sadoff(2012). Enhancing the Efficacy of Teacher Incentives through Loss Aversion: A Field Experiment. National Bureau of Economic Research )
文頭のまとめにて次のように述べています。
Domestic attempts to use financial incentives for teachers to increase student achievement have been ineffective. In this paper, we demonstrate that exploiting the power of loss aversion—teachers are paid in advance and asked to give back the money if their students do not improve sufficiently—increases math test scores between 0.201 (0.076) and 0.398 (0.129) standard deviations.
「教師による学生の学力向上の金銭的インセンティブがこれまでアメリカで実験されてきたが、効果は発揮していない。ここで私たちが示すのは、1度得たものを失うことを避けようとする力だ。教師は事前にボーナスが支払われ、もし十分に学生の成績が伸びていない場合は、返還するように求められた。結果、数学のテストは上昇し、標準偏差で見ると0.201 (0.076) から0.398 (0.129) 変化した。」(津久井訳)
面白いのは、「上げる」のではなく
「没収する」方が頑張るということですね。
サンクコスト(すでに支払ったお金や時間)にこだわるのと同様
今手にしているものがなくなってしまう方が
人は頑張れるのかもしれません。
やや、強権感はありますが、有用ではあるようです。
◆ピグマリオン効果とゴーレム効果
「信じるか信じないかはアナタ次第・・・」
このような言葉が流行った時もありました。
今回のブログの最後は
教師がもっている「信じる力」についてお話します。
「ピグマリオン効果」と「ゴーレム効果」
という言葉をご存知でしょうか?
「ピグマリオン効果」とは、
人からの期待によって成果が上昇する効果のことです。
逆に「ゴーレム効果」とは
人から期待されないことで成果が下降する効果のことです。
信じる力、期待の力とは不思議なもので
抱いている当人だけではなく
相手にも影響を及ぼしてしまうらしいのです。
『学力の経済学』の紹介をしているので
” 科学的根拠 ” はないものかと色々探しているのですが
どうやら「実証実験の結果としてそうらしい」が結論のようです。
元は、心理学者ローゼンタールが1964年に実施した実験です。
結果は、先述の通り「教師の期待によって生徒の成績が上昇」しました。
(Rosenthal, R. & Jacobson, L.(1968) Pygmalion in the classroom“, Holt, Rinehart & Winston)
その後、色々な実験がなされ
効果が発揮されているようですが、
何が決定打なのかはまだ不明のようです。
そのような背景もあり
この効果自体を疑問視する流れもあります。
『学力の経済学』にもこのような一節があります。
「あなたはやればできるのよ」などといって、むやみやたらに子どもをほめると、実力の伴わないナルシストを育てることになりかねません。とくに、子どもの成績がよくないときはなおさらです。(同, p.48)
この一節は「ご褒美」の項目にあります。
前回のブログで紹介した「親の関わり合い」で紹介しました。
(褒めるのは良いが、結果ではなく努力を褒めよう)
wikipediaにも上記の一節が挙げられており
ピグマリオン効果を批判する一例となっています。
ただ、上記の『学力の経済学』での一節は
「褒める」という行動・内容に対してであり
「期待」とはズレています。
また、教育に関わる者として
「ピグマリオン効果」には一定の効果があることは
感じています。
その根拠が何なのか?と思っていると
塾長の建島が面白いことを言っていました。
思いも波動。
思念が波となって、相手に届く。
量子力学の世界では
「思い=波」との考えがあるそうです。
細かいことはよくわからないのですが
「教師の期待(思い)」が波となって
子どもたちに届いているとしたら、、、
少なくとも、子どもたちに負の感情を浴びせかけるよりは
暖かい思いで包んであげたいものです。
いかがでしたか?
前回に続いて『学力の経済学』を読みながら
思ったこと、学んだことをまとめました。
次回は、引き続き『学力の経済学』の内容を
最近よく耳にする「非認知能力」について考えていきたいと思います。